【ご案内】スピリチュアル・カウンセリングを受付けています。詳しくは、ブログの右列[カテゴリ]>[個人セッションのご案内]
湖衣の分不相応 書道日記の新着記事

2013年09月20日

東須佐を歩く2(1)近況報告



岩屋寺跡_1.jpg

<一度でいいからこの目で拝んでみたい岩屋寺跡の岩窟(『佐田町の民俗文化遺産』より)>


9−20_2

以前からこのブログをご覧くださっている方は既知と思いますが、2011年の春頃から須佐神社とその周辺の郷土史について調べています。


◯ 過去のブログ記事についてはこちら

東須佐を歩く(1)ことのはじまり
東須佐を歩く(2)王院山
東須佐を歩く(3)宮尾山
東須佐を歩く(4)岩屋寺跡はどこに
東須佐を歩く(5)岩屋寺跡を目指して
東須佐を歩く(6)堀坂山と宝坂神社
東須佐を歩く(7)才の神と石碑たち
東須佐を歩く(8)鐘つき堂跡
東須佐を歩く(9)安堵はいつできるのか
東須佐を歩く(10)木漏れ日の先にあるもの



あれから2年余り、しばらく進展がなかったのですが、今月になってFacebookのご縁で須佐周辺の歴史に詳しい方とコンタクトを取ることが叶いました。

連絡先をお聞きしたのでお電話をすると大変丁寧に説明してくださり、私の聞きたいことを改めてさらに詳しく知っている人に問い合わせてくれていました。

本格的に神社めぐりを始めたのが2005年頃からでした。この8年ほど東は茨城県の鹿島神宮、西は鹿児島県の霧島神宮までそれなりに参拝しましたが、出雲の、しかも須佐神社のある旧佐田町ほど執着をもっていまだに調べ続いる土地はありません。もちろん、各地にある自分のお気に入りの神社の歴史について不明点はそれぞれに持っています。伊勢しかり九州しかりですが、文献を集め始めた3年経ったいまでも強烈に地元の人からも忘れ去られそうになっている現地を訪れたいと思うのは本当に不思議です。

今日、信頼している知人から、
「もうやっていることは修験者ですね。でも、これを通り抜けるとステージが一段階上がる感じがしますね」
といっていただきました。

自分自身でも須佐周辺でどうしてもわからなくて間近まで行ってみたい場所について折り合いがつける日がくれば、おそらく自分が本当にやりたいことが現実として明確に現れ出て、そのまま滑り出せそうな手応えを感じています。

それぞれの場所は中世もしくはそれ以前のものばかりです。実際にそこにたどり着くことだけが是とは思っていません。村人からも忘れ去られそうになっていることでそのまま聖地が自然に還り、諸行無常を持って役目を終えようとしていることもあるでしょう。明らかにすることで逆に大事なものに対して不敬を働くことになるかもしれません。

いずれにせよ、出雲の須佐の人たちが連綿と守り続けてきたものに対して、どんどん人々の記憶から消えていこうとしている現代、とにかくその輪郭を描く程度であってもできないかと思います。


宮尾山.JPG

<宮尾山(須佐神社の元宮がこの山頂にあったという)>



出雲は今見えている出雲だけではないと感じています。
出雲がありそして熊野があり、物部がありそして須佐があり。こうした民族ともエネルギーともいえるものたちが歴史の横糸によって何度も模様の書き換えを繰り返しながら、いまの出雲があるのでしょう。

これだけは理由のない確信があるのは、私が調べているいくつかのポイントがきっと次代において本来の本来の本来の出雲の根幹を見直す一つのきっかけになるということだけです。

おそらく来春ぐらいまでには一つのまとめができると考えています。こちらでも少しずつ進展した成果を伝えられたらと思っています。

posted by 湖衣 at 21:49| 愛媛 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。