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2013年09月18日

絶賛! <過去>のあれこれ清算中!


9ー18

私の周辺だけかもしれませんが、ここ数日、過去の出来事に関する清算に耐え忍んでいる友人が複数名います。

日常生活ではほとんど忘れていたと思っていたのに、季節の変わり目なのかたまたま想起させる物事に出くわしてしまったのか、わかりません。ある人を想って涙を流したり、かつての忌まわしい出来事に改めて憤りと後悔を感じる時間を過ごしているようです。

ちょうど明日9月19日は中秋の名月で、23日は彼岸の中日。今年の9月後半はスピリチュアル的なブログをいくつか読んでいてもとても大事な転換点だと書いている人が多く、こうした次への段階へ進むためへの関門と考えられなくもありません。

私の場合、今回は苦しくて夜も寝付けないといったようなことはありませんが、ふと利き手を治されたときの記憶が蘇ってきました。

ちょうど梅雨の時分から左手首を痛めています。毎日パソコンのキーボードを使う仕事ですのでそうした腱鞘炎の類かと思っていたのですが、通常のキーボード腱鞘炎とは違う場所がおかしいのです。夏を過ぎて、初めの頃のような痛みはあまり感じなくなったものの、違和感というか骨がポキポキ鳴ったり筋がねじれているような感じは取れずに困っています。

そんなとき、もともと左利きだったのを右利きにしたせいで、いよいよ両手使い方のアンバランスが手首の痛みとして出ているのかと推測しました。自分の生活習慣を改めて見つめてみると、窓やドアを開けるときはほとんど左手で開けていましたし、案外、利き手である右手よりも左手やったほうがしっくりくることが多いようでした。

こうした左手全体をねじれさせる生活習慣がようやく痛みとして自分に訴えてきたのでしょう。

それとともに、3歳ぐらいだったか、利き手を治されたときの記憶が今後の自分のありかたを変化させる鍵を握っているような気がしてきました。父親も姉も左利きなので、私ももともとは左利きの可能性は高いと思われます。さらに、現在でも左手のほうが優位なことも多々あって、少なくとも両利きだったようなのです。

小さい頃、具体的な出来事は覚えていませんが、どうして左手に治さなければならないのだろうと不満を感じつつも、家族がそうしてほしいからという無言の願いを先回りして自分を納得させながら右利きにした感情が立ち上ってきました。この気持ち、中学生ぐらいまではときどき思い出していましたが、ここしばらくすっかり忘れてしまっていました。

しかし、直感的に左手首を痛めてしばらくして、これは感情的・精神的なテーマで捉えると家族関係や依存心などが関わっている気がしていたので、たとえ3歳児だか5歳児だかの感情の記憶がまったくの嘘であったとしてもそれはいま大したことではないでしょう。

自分の思いよりも周りの念いを先回りする。やがて溜まった本来の自分の願いとのちぐはぐさが首を締めてきて、でもそのまま自分を納得させてしまっている。

そういった気持ちを思い出してほしいと、いまこの左手が語っているように思います。

今日、月一回のメンテナンスで整体へ行ってきました。相変わらず左手の状態は悪いのだそうですが、施術の後半、ポンと弾けるように左手首が喜んでいる感情が胸に伝わってきました。終わってから先生にそのまま伝えると、
「確かに、今日は状態は前回までとほとんど大差はないのだけれど、最後の方は急に動かしやすくなった」
と言っていました。

溜まりに溜まってもう腐ってしまいそうなときに、やっと何かが弾けるようにガラリと場面転換されていく。

過去との折り合いをつけようと必死でもがいている友人たちと同様に、数日先まで近づいたこの秋分の日を静かに待とうと思っています。


posted by 湖衣 at 19:45| 愛媛 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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