【ご案内】スピリチュアル・カウンセリングを受付けています。詳しくは、ブログの右列[カテゴリ]>[個人セッションのご案内]
湖衣の分不相応 書道日記の新着記事

2013年02月17日

たましいの先輩から受け継ぐもの


images.jpg


自分も曲りなりに年だけとったということなのでしょうか。
人とのご縁について、美辞麗句ではなく、幸せを感じて、感謝で、本当に涙ぐむ日々というものがつづいています。


物心ついたときから、日常の意識としては大人になったいまとそれほど変わっていないように感じます。
小さい頃から、まわりの大人を見て『この人はこういう性格で、こういう癖やこだわりがあって、こういうことを言うと怒らせそうだなあ』などというのをなんとなく感じていて、ある意味大人からすると扱いにくい子供だったと思います。

もともと文章を書くのが大好きで、小学生の頃からぼんやりと『夏目漱石のような小説家になりたい』なんて思っていたくちなので、厨二病をこじらせたというのでしょうか、10代の頃はとにかく人と変わっていないといけない、というテーマを痛いほど追求していました。

東洋医学に興味を持ったのは、小さい頃から祖父母が自宅でお灸をすえていたり、鍼灸院に通っているのについていっていたり、御小遣い稼ぎに按摩をしてあげてほめられたり、というのが原体験でした。本格的に知識としてつながったのは、視力が落ち始めた小4のときに母からプレゼントされたゴマブックスの「目がよくなるツボの本」からでした。その本をすり減るほど読んで、主なツボの名前を覚えました。
また、小6のときに近所にドラッグストアチェーンの一号店がオープンして、そのお店が漢方や民間薬のコーナーが充実していたことで、薬剤師さんに漢方薬や薬草のお話を聞いたりしていました。漢方薬はあくまで薬だから、十薬やせんぶりとか、薬草から飲むのがいいんだよ、と小学生や中学生だった子供の自分にきちんと伝えてくれました。

同じ頃、母親が読んでいた元NHKアナウンサーの鈴木健二さんの「頭の使いかた、私の方法」という本をきっかけに自己啓発書やビジネス書のマニアになってしまい、中学や高校の頃はナポレオン・ヒルやカーネギー、マーフィーの法則などを読んでいた記憶があります。

中学3年間、母親が毎週日曜日になると市立図書館に車で連れて行ってくれました。大きなスポーツバッグに家族中のカードを使って30冊いろいろなジャンルの本を借りていたのが自分の下地になっています。とくに当時は教育や社会学、医学関係の本をよく読んでいました。そういえばエドガー・ケイシーあたりはその頃すでに読んでいたように思います。自分のなかではスピリチュアルや精神世界の本って20代後半になってから読み始めたような気になっていましたが、やはり小中生の時期からムーブックスとか読んでいたのでバックボーンはあったんだなあという感じです。

とにかく、人が借りない本を読んで人が知らない知識をどんどん吸収する。それが行き着くと独特とかキャラクターだといえば聞こえがいいのですが、思考的にこじれたこのような人間になってしまいました。小説家でなくとも芸術的なことをしたいと思っていた10代前半の子供じみたねじれた欲望というものを、いかにいまにきて更地に戻せるのかというのがテーマなような気がします。


人間だれしも自己愛というものは持っていると思うので、まったく払拭してしまうことは無理なのかもしれません。
私だけかもしれませんが、ヒーリングやスピリチュアルなものと接点を持つと、自分は人と違うんだ、とか、感じるんだ、といったような、きつい言い方をすれば選民意識のようなものとの格闘というのがつきまってくるように思います。頭では人を愛することができればそれでOKと思うのですが、どうしてもそのあたりの折り合いがつかず、かといって自分のそういった力を捨て去るには執着が強くてなりません。

そういった自分を愛したいという思いと他人を愛したいという思いのはざまで揺れうごくなかで、ここ数年、ふっとこころの裏側からやさしく癒してくれるのが子供たちの存在です。友人や知り合いに子供さんが生まれて交流を持ったり仲良くなっていたりするなかで、自分の世界を限定してしまって外へ広がろうという思いをしばらく忘れていた私に、世界はまっさらで知らないことがいっぱいでなんでもできるんだ、というようなバシャールでいえばワクワクする感覚を無邪気にまっすぐ教えてもらっているような気がします。

性(ジェンダーや性別、フェミニズムなど)とともに教育というものが子供の頃から一貫して心の奥底で人生のテーマになっていましたが、ここにきて社会の一員として既知/未知を問わず子どもたちに何を受け渡すのか、そして自分がなにをたましいの先輩である子どもたちから受け継ぐのか、そういうことを考えるような時期に入ってきたようです。

自分の経験や知識といったものをどれだけ捨てされて、まっさらな頭と心と体だった生まれる以前の自分に戻れるんだろうと、そんなことをふんわりと考えています。
posted by 湖衣 at 23:39| 愛媛 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。