【ご案内】スピリチュアル・カウンセリングを受付けています。詳しくは、ブログの右列[カテゴリ]>[個人セッションのご案内]
湖衣の分不相応 書道日記の新着記事

2012年05月23日

【神社巡り】〈四〉と「龍」で巡る旅(2)

2日目 出雲
2012/05/09(水)

019.JPG

車を停めた市道から山道を下って行くと5分もかからず休耕田の前の木立に出くわして、一瞬あたりの緑と溶け込んでいたためにわからなかったのだが、よく目を凝らしてみてみるととても巨大な磐座が真っ二つに割ったかのように坐っていた。すぐに思い浮かんだのが「神の戸、神の扉のようだ」というイメージだった。

須佐神社からここに来るまでいつもよく通っている出雲市内の国道や県道にもかかわらず、今日はやたら「神戸川(かんどがわ)」という出雲市を流れる河川の標識を何度も目にした。そもそも神戸川は出雲国風土記にも記載があるほどの歴史がある。それがこれまでにない気になりようだったので不思議だったのがこの立石さんを前にするとするする絡まった糸がほどけていった。これは実にここ数年来、とても大切な地だがその意味がわからないでいた兵庫県の神戸市とも相通じる感じがするし、今回の神社巡りに際して神の戸が開いたのではないか、という直感さえ憶えた。

そもそもこの立石さんはネットで検索してもほとんど情報が見つからず、今回たどり着けるか心配だったが、行けるタイミングならお会いすることができるだろうぐらいの気持ちで行ったのが肩の力が抜けて良かったのかもしれない。

岩戸と岩戸の間には出雲でよく見かける独特の御幣が数本立てられている。地元の愛媛では見たことがないが、出雲地方と淡路島ではよく青竹に紙垂を挟ませた御幣が奉られている。これを見るだけでいつも明治以降の国家神道で滅菌されていない古代出雲の深い地層のエネルギーにくらくらしてしまう。

さて、この立石さんだが、想像よりもはるかに大きく目寸法だがおそらく10メートルはゆうに越すだろう。これほど大きな磐座が地元の人たちの温かな手で幾世代にもわたってお世話されてきたことを思うとそれだけで頭が下がる。

たとえば、私が昨年から行きたいと思っていた須佐神社付近の岩屋寺跡の岩窟にしても、かつてはその必要があって修験者を始め土地の人たちが手厚くお祀りしてしていたのだろうが、今ではすっかりその存在すら忘れ去られていることを考えると、磐座でさえその時代によってお役目があるからこそ歴史の前面に現れ出るのだろうし、この立石さんのように必要であればどうしたって石はただそこに存在するのではなくて確固としていて、けれども静かな意思を孕みながら鎮まっていくのかもしれない。

この立石さんがあるだけでやはり出雲は出雲なのだし、禅語に云う「山は是れ山、水は是れ水」のようにあらゆる解釈を無意味なものに溶かし尽くしてしまう痛快さがある。

025.JPG

それに何よりも、須佐神社の時から予兆は感じていたが、この立石さんに来てやはり、出雲について自分の中で大きな締めくくりを迎えて、実際に出雲に来ることも一気に減るのだと感じた。またいつ出雲と再会できるのかわからないし、もちろん必要なときにはいつでも来るのだけれど、出雲というこの数年間、大きな心の拠り所だった聖地とまた違う次元で会うことになるのだろうという先取りする嬉しさもあった。




小一時間ほどお参りさせてもらって駐車した場所まで戻った。

車を走らせて出雲市内に戻ろうと少し行くと、民家もほとんどまばらな幅員の狭い道路を小学生たちが朝の集団登校で歩いている。朝日を浴びるランドセルと黄色い帽子に黄色い通学バッグがとても目に印象深く残った。
posted by 湖衣 at 23:20| 愛媛 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。