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2011年11月25日

丹後・元伊勢の守るもの(後篇)

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久次集落まで降りてくると、朝10時になっていた。下山は上りの約半分の40分ほどだった。冷える日だったがありがたいことに麓に降りてくるにつれて雲の切れ間からおひさまが覗いてきて、祝福してくれているようでうれしかった。

集落の公民館前にベンチがあったので一休みしながら辺りを見回していると、建物の壁に、
「この付近はクマの出没地域です。十分に注意してください 京丹後市」
という趣旨の張り紙が出されていて、急に冷や汗が出てきた。といっても、これまで奥出雲や広島の山間部の登山で「クマ出没注意」の看板を見てきた教訓から、今回もiphoneのポッドキャストを大音量で流しながら登山したので、多少はクマよけに効果があったのかもしれない。


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比沼麻奈為神社から車で10分の藤社(ふじこそ)神社に向かった。
藤社神社は小さな集落の奥にあって、道沿いから眺めると何の変哲もない村の鎮守様という雰囲気であったが、鳥居をくぐり境内に入った途端、凛と張り詰めた空気で身を引き締められた。とくに元伊勢と伝わってはいないが、由緒によるともともとこの付近の比治山に降り立った豊受大神さまを祀ったといい、さらに丹波道主命(たんばのみちのうしのみこと)の創始という古言もあるらしく、伊勢といえば伊勢のすがすがしさを保っていた。

余談だが、丹波道主命さんと聞いて、私の敬愛する俳優の故・丹波哲郎さんが思い浮かんだ。直接の関係はないかもしれないが、丹波家を辿っていくと現在の福知山や亀岡周辺を有していて、平安期に医家として名を馳せた丹波康頼に行き着くというから、丹波という土地のつながりは面白いなといつも感じている。

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この神社は昭和二年の丹後大震災で建物も倒壊したというが、その後、伊勢神宮の遷宮にあわせて内宮の扉や古材が下賜され再建されたという。たしかに、本殿の扉はたいへん壮麗なものでシンプルななかにひときわ存在感があった。

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境内社はスサノオさんや弁天さん、大山祇さんと、私にゆかりの神さまたちがいらしたのでホッと安心できた。旅先で自分にご縁のある神さまに出会えるのは旧友と再会するようななつかしさがある。

その後、籠神社と真名井神社にお参りした。籠神社ではみなさん、意外に恵比寿さんのお宮にお参りしないようでそこだけ人気がなくひっそりとしていた。もともと賑やかなのが好きそうな神さまなだけに、ちょっとさびしそうな気がした。

つづいて、真名井神社まで徒歩で向かった。さいわいというのか、半時間ほど境内でお参りしていたが帰るまで私一人しかいなかった。
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天気予報を裏切って、昼から天橋立は日差しも出て、境内の杜にはきらきらと光が降りてくる。たいへん気持ち良い風が吹いて、磐座のあたりで座っていると気がついたら気持よく寝てしまっていた。

いままで何度か訪れているが、真名井神社もこれまでとちがって暗さや重さが消えてきていて、軽く明るくなってきている感じがした。東日本大震災以後、ますますいろいろな神社の縛りというか重さが軽くなっていて、この真名井神社も、なにかが軽やかに動き出したようなひかりを感じた。

(終わり)

丹後・元伊勢の守るもの(前篇)
丹後・元伊勢の守るもの(中篇)
丹後・元伊勢の守るもの(後篇)←ココ

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posted by 湖衣 at 19:43| 愛媛 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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