2012年12月25日

【お知らせ】個人サイト開設のご案内

個人サイト
湖衣の、分不相応 博覧強記
を開設しました!

まだコンテンツは少ないですがこれからどんどん更新していきますので、こちらのブログとともにどうぞご愛読くださいませ〜^^
これでやっといままでブログでは詳しく伝えられなかった旅の様子や趣味などが網羅的にまとめられると思います♪

2012/02/25
湖衣 より


  ↓↓↓ 最新記事は一つ下からです ↓↓↓
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2012年05月23日

【神社巡り】〈四〉と「龍」で巡る旅(2)

2日目 出雲
2012/05/09(水)

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車を停めた市道から山道を下って行くと5分もかからず休耕田の前の木立に出くわして、一瞬あたりの緑と溶け込んでいたためにわからなかったのだが、よく目を凝らしてみてみるととても巨大な磐座が真っ二つに割ったかのように坐っていた。すぐに思い浮かんだのが「神の戸、神の扉のようだ」というイメージだった。

須佐神社からここに来るまでいつもよく通っている出雲市内の国道や県道にもかかわらず、今日はやたら「神戸川(かんどがわ)」という出雲市を流れる河川の標識を何度も目にした。そもそも神戸川は出雲国風土記にも記載があるほどの歴史がある。それがこれまでにない気になりようだったので不思議だったのがこの立石さんを前にするとするする絡まった糸がほどけていった。これは実にここ数年来、とても大切な地だがその意味がわからないでいた兵庫県の神戸市とも相通じる感じがするし、今回の神社巡りに際して神の戸が開いたのではないか、という直感さえ憶えた。

そもそもこの立石さんはネットで検索してもほとんど情報が見つからず、今回たどり着けるか心配だったが、行けるタイミングならお会いすることができるだろうぐらいの気持ちで行ったのが肩の力が抜けて良かったのかもしれない。

岩戸と岩戸の間には出雲でよく見かける独特の御幣が数本立てられている。地元の愛媛では見たことがないが、出雲地方と淡路島ではよく青竹に紙垂を挟ませた御幣が奉られている。これを見るだけでいつも明治以降の国家神道で滅菌されていない古代出雲の深い地層のエネルギーにくらくらしてしまう。

さて、この立石さんだが、想像よりもはるかに大きく目寸法だがおそらく10メートルはゆうに越すだろう。これほど大きな磐座が地元の人たちの温かな手で幾世代にもわたってお世話されてきたことを思うとそれだけで頭が下がる。

たとえば、私が昨年から行きたいと思っていた須佐神社付近の岩屋寺跡の岩窟にしても、かつてはその必要があって修験者を始め土地の人たちが手厚くお祀りしてしていたのだろうが、今ではすっかりその存在すら忘れ去られていることを考えると、磐座でさえその時代によってお役目があるからこそ歴史の前面に現れ出るのだろうし、この立石さんのように必要であればどうしたって石はただそこに存在するのではなくて確固としていて、けれども静かな意思を孕みながら鎮まっていくのかもしれない。

この立石さんがあるだけでやはり出雲は出雲なのだし、禅語に云う「山は是れ山、水は是れ水」のようにあらゆる解釈を無意味なものに溶かし尽くしてしまう痛快さがある。

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それに何よりも、須佐神社の時から予兆は感じていたが、この立石さんに来てやはり、出雲について自分の中で大きな締めくくりを迎えて、実際に出雲に来ることも一気に減るのだと感じた。またいつ出雲と再会できるのかわからないし、もちろん必要なときにはいつでも来るのだけれど、出雲というこの数年間、大きな心の拠り所だった聖地とまた違う次元で会うことになるのだろうという先取りする嬉しさもあった。




小一時間ほどお参りさせてもらって駐車した場所まで戻った。

車を走らせて出雲市内に戻ろうと少し行くと、民家もほとんどまばらな幅員の狭い道路を小学生たちが朝の集団登校で歩いている。朝日を浴びるランドセルと黄色い帽子に黄色い通学バッグがとても目に印象深く残った。
posted by 湖衣 at 23:20| 愛媛 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月22日

【山登り】楢原山へやっとこさ登る(愛媛県今治市玉川町)

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今日は、愛媛県今治市玉川町の楢原山に登りました。

山登りはカブで行くことがほとんどです。
一年前は台風の翌日で、麓は晴れているのに林道は霧がひどかったです。泣く泣く途中から引き返したという思い出もあったので今回はリベンジが叶いました。

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奈良原山とも書くのですが、中世以来、修験道の山として山頂近くには蓮華寺跡もあるなど、この玉川町一帯がかつては大変重要な場所だったことが窺い知れます。

石鎚山は今でも石鎚修験道の霊山・聖地として有名ですが、楢原山も平安や鎌倉の頃は影の主役として大いに栄えたのだろうと感じました。旧北条市にある高縄山や松山市の福見山とも当然つながっているわけですが、それら愛媛県中予地区の霊峰のへそともいえるかもしれません。

ここは奈良原神社の元宮でもあります。愛媛県下の神社には、牛馬の神様として奈良原神社が祀られているのを見かけますが、もとはここなのですね。


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山頂付近、やはり一番のスポットは国宝の経筒が出土した経塚跡に尽きますね〜

湯の谷林道が途中で通行止めですが、そこからでも1時間弱で山頂まで行けました。

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子持ち杉さんがかわいい〜^^ 今は枯れちゃって近くに2代目さんが控えていらっしゃいます。

これでやっと肩の荷が一つ下りたような気がします。


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帰りはいつもながら鈍川温泉にて汗を流して、マクロビオティックカフェのマグノリアさんへ。
よもぎのプディングが美味しかった〜^^
posted by 湖衣 at 19:29| 愛媛 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月12日

【神社巡り】〈四〉と「龍」で巡る旅(1)

こんばんは!
ごぶさたしています。

春に入ってから本格的にライターのお仕事が忙しくなってきて、
なかなかブログにまで手が回りませんでした。
子供のころから書くことが好きだったので、苦にならないのが
うれしいですね。

さて、いま神社めぐり旅行の旅の空です。
今日(5月12日)で4日目かな。
今夜は神戸で泊まっています。

出発は5月8日(火)夜でした。
19時半に自宅を出発。
高速道路からしまなみ海道を渡り、いつものように尾道経由で出雲へレッツゴー。

深夜にいつも寄る広島県三次市内のあるセブンイレブン。とくに疲れていなくても毎回立ち寄りたくなるので
不思議だなあと思っていたんだけど、どうも目の前が神社だったり地形的にとか風水的にとか良いのかも。店の雰囲気もなんか明るいんですよね。

松江と尾道を結ぶ予定の高速道。部分的に開通していますが、まだまだ下道が多い区間。
でも1、2年内には全線開通するらしいです。

いつものように須佐神社に夜明け前到着。5時から1時間ほど大杉さんのふもとでぼけーとする。

今回はとても大きな節目の旅になりそうです。ここ10年単位の大きな流れの締めくくりと次への明確な手渡し。須佐神社や出雲に来ることもいったん落ち着くみたい。今回まで引っ張るために、去年の夏の須佐神社周辺の民俗学的フィールドワークがあったみたいだな。

朝もやの須佐神社周辺。いつもながらのどかでのんびりした風景です。

ところで、今回の出雲でどうしても行ってみたかったのが、出雲市坂浦町にあるという立石(たていわ)神社。地元では立石さんと呼ぶそうです。ネットでたまたま見つけたものの、とても山奥にあるらしく正確な場所もわからない。事前に島根県神社庁に問い合わせてみました。

お電話口に出てくださった職員さんも10年ほど前に行ったきりだそうです。もともとは立石神社として神社庁の組織下にあったものがずいぶん昔に外されたそうです。しかし地元の方の厚い熱意で今でも大切に御祭りされているそうです。

坂浦町は出雲市内からだと車で40分ぐらいかかりました。日本海側の小さな漁村で、道はやがて狭くなり1車線に。目星をつけておいた場所を過ぎても見当たらないので草刈しているおじいさんに道を尋ねると、すぐ50mほど先でした。

道から5分ほど山道を下っていきます。どこかに似てるなと思っていたんですが、ちょうど熊本の幣立神社の池に向かう道のような雰囲気です。細い道ですが、きちんと草刈されていてとても歩きやすい。地元の方のお世話に頭が下がります。

しばらくしてふと斜め上を向くと、大きな岩が木立に見えてきました。

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posted by 湖衣 at 21:18| 愛媛 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月26日

【詩】伝え合う

   伝え合う

話したい
のではなくて
魂の裾野を
わずかでいい
掴みたいとおもう
夜が
夜のなかに深く溶けて
ゆく
何もしないで感じるはずなのに
話さないことで
話しているはずなのに
目を閉じて
浮かぶ
白銀のひかり
本質をにぎっているのに まだ
手で触れるものでないと
不安なのだ
川が笹舟をやがて
海まで押し出すように
このおもいを
溶かしていきたい

(2012/04/25)
posted by 湖衣 at 01:40| 愛媛 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月17日

【エッセイ】曽祖父のこと。

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母方の曽祖父とは一度も会ったことがない。
昭和30年代に早く亡くなってしまったのである。

しかし、私にとって曽祖父は平素からとても身近な存在であった。

家の応接間に白黒の小さな写真が一葉、写真立てに佇んでいる。
おそらく60歳前後に撮られたものだろう。
紋付の羽織を着て、本家(母屋)の玄関前で撮られたものらしかった。
丸刈りにしていたのか禿げていたのかわからないが、たまご形の頭に、控えめな表情が印象的である。

同居していた祖父母に幼い頃から聞かされていたのは、とても静かで寡黙な人だったということだ。繊細で気が弱いところもあったらしく、ひどい痔持ちだったためいつもふんどしを汚していたらしいのだが、気の強い曽祖母に叱られては一人、井戸端で涙ぐみながら手洗いしていたらしい。

何より、自分と先祖との因縁について考えさせてくれるきっかけというのが、曽祖父が子供の頃に家族を全員亡くしたという壮絶なエピソードを聞かされたことだった。

まだ明治後期で衛生面もよくなく医療も発達していない時代。
愛媛県でも毎年のように伝染病が流行し多くの死者を出していた。
曽祖父の家族は父母や兄弟を含めて当時10人ほどいたらしいのだが、1、2年のうちにすべて流行病で死に別れ、一人きりになったという。

曽祖父が15歳頃の話である。

今でも、本家のお墓参りに行くと、小さな石塔がたくさん残されていて、そのうち明治末期から大正初期のものが多いが、おそらくこの頃のものであろう。

天涯孤独になった曽祖父は、近所に住んでいた遠縁に当たるおじさんに連れられ、亡くなった全員の位牌を背負って四国八十八ヶ所の遍路の旅に出たということだった。

祖父が子供の頃、半ば好奇心で曽祖父に当時の話を聞こうとしたことがあったらしい。
だが、曽祖父は話し始めるとまもなく目に涙を溜めて黙ったままうつむいてしまい、それから口を閉じてしまった。
祖父は子供心にも、悪いことを聞いてしまったな、と後悔したという。

曽祖父がお遍路で使った杖や白装束などは、戦後の混乱期で無くなってしまったらしく現物を見ることができないのは残念だ。
ただ、そのエピソードだけで彼一人生き残らなかったら今の自分が存在していないことを考えると、たとえ会ったことはなくとも非常な親近感と敬愛の念を覚える。
そして、常に曽祖父がそばにいるような、そんな不思議な感覚を物心付いた時より感じながら今に至るのである。

曽祖父の話で、ひとつ微笑ましい逸話も残されている。

あるとき、母屋から見える向かいの山へ山仕事に出かけた。
弁当の風呂敷包みを吊るしておこうと松の枝と思って引っ掛けたのが、よく見ると大蛇の角だった。
そんなことはあるはずがない。
見間違いだ、と家族は笑ったらしいのだが、数日にわたって曽祖父は布団をかぶったまま震えていたという。
これも祖父が子供の頃見て、印象深い場面だったとのことだ。

ちなみに、その山を明神山といい、戦前までは日照りが続くと山頂で雨乞いをする、龍の住むと言われる霊山だった。
posted by 湖衣 at 21:56| 愛媛 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

パワースポットと『出す』ということ。

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パワースポットという言葉を初めて耳にしたときからそこはかとなく自分のなかで腑に落ちないなにかがありました。

聖地。霊場。神社。教会。寺院。エネルギースポット。ボルテックスポイント。

呼び方はさまざまあれど、パワースポットだけがなぜか耳にすんなり入ってこなかったのです。
それは、パワースポットという語感に「もらえるものはなんでももらってこよう」という欲望めいたものを感じたのでしょう。
それはもちろん、自分の奥底にひそむ「何の努力もなく棚ぼたでなにかが起こってほしい」という依頼心を鏡のように見せられていたのだと思います。

それでも、2005年秋から本格的に神社巡りを初めて7年目。「疲れたとき、元気になりたいから行く」といったことが減っていき、「じぶんのなかの余分なものをその聖地で出させていただき、それが一瞬にして宇宙を循環してまたじぶんに帰ってくる」という感覚でその場にたたずむようになりました。

――『もらいにいく』から『出させていただく』。

一見、単にベクトルが反対になっただけのようですが、この視点の切り替わりというのは大きな意識の変化をもたらしたように思います。
この気づきを得るのにたいへんサポートしていただいたのが天橋立の元伊勢籠神社近くにある真名井神社でした。


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私が神社巡りをする場合、たくさんの神社を一つずつしらみつぶしに訪れるというよりは、数カ所、自分にとってキーとなる聖地を何度も訪問するという傾向が強いようです。それはここ数年の流れであれば京都であり出雲であり伊勢であり、そして天橋立だったというだけのことです。とりわけ真名井神社は2009年10月に初めて参拝して以来、これまで訪れた回数はこの2年で10回は下らないと思います。ここは行くごとに、その直近の流れについて修了したことをやさしく告げてくれ、そうして次の流れへとゆるやかに背中を押してくれる、承認スタンプの受付所のような印象がありました。

真名井神社は近年その名が知られるようになってずいぶん訪れるひとが増えたようですが、それでもコンパクトな空間のなかに全宇宙の光の扉が開かれているような神々しさはまったく衰えていないように感じます。むしろ月日が経つにつれ、ますますそのひかりはかろやかでまばゆく、あざやかです。もちろんそれは、私自身が少しずつこだわりを手放してスッキリしてきたということでもあるでしょう。しかしながら、丹後というずいぶんずしりとした土を孕むこの場所でさえ、日本の他の聖地と同様、さまざまな縛りから解放されて軽さが見られるようになってきていることと連動しているように感じます。

漢方や整体といった東洋医学的視点によると、ずいぶんと『出す』ことを推奨しているように思います。たとえば、整体の大家として名を馳せた野口晴哉さんの『風邪の効用 (ちくま文庫) [文庫] / 野口 晴哉 (著); 筑摩書房 (刊)』は、日頃たまった体内の毒を季節ごとに風邪というかたちで排泄することによって次の季節に慣れる身体にすると教えています。「風邪は治すのではなく、経過させるもの」というのは、そういう筋道から導かれたものと思います。

冷え取り健康法を世に広めた進藤義晴さんも著書のなかで、下半身を温めることによってからだの冷えを毒だしというかたちで排出し、心身を整えると唱えていますが、靴下の重ねばきや半身浴、食べすぎないといった三原則の先に、よこしまな心こそ冷えを生み出す最大の原因とおっしゃっています。怒らず素直に、心を整えることで風邪や瞑眩(好転反応)といった毒だしがさらに後押しされるというわけです。

もちろん西洋医学でもむくみが酷く、たとえば肺水腫といった症状では利尿剤を多く使いますが、からだの奥にひそむものを出すというよりは、水分調整というバランスのなかでのことであって、治療の多くは薬剤を投与して体内に与えつづけるという側面が強いと感じています。

真名井神社の境内に戻って、ここにいらっしゃる大切な磐座たちが私にずっと伝えつづけてくれていたことは、

――宇宙と自分が一体であるということ。そして、じぶんはその宇宙を点として置く器にすぎないということ。
さらに、その器はプリズムのように宇宙のエネルギーが入ってきては出ていき、風通しよく乱舞するものだ、ということ――

呼吸法で基本に語られる「身体の汚れた空気を出しさせすれば、自然に肺に空気が入ってくる」ということを、回り道しながら一握つかむことができたじぶんの頑迷さを笑いつつ、いま真名井神社のひかりを思い出しています。



(2012/03/13 執筆&HPで掲載したものを転載)


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posted by 湖衣 at 13:53| 愛媛 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月22日

エリカ様より京子様を。

ヘルタースケルター (Feelコミックス) [コミック] / 岡崎 京子 (著); 祥伝社 (刊)

蜷川実花監督の「ヘルタースケルター」が4月に公開されるとかで、今日も主演の沢尻エリカ様がワイドショウを賑わせていました^^;

でも、肝心の原作者の岡崎京子にぜんぜん触れられてないのがちょっと不満だったけどぉ・・・。

一時期(かれこれ10年近く前?)、けっこうはまってて、「ヘルタースケルター」はもちろんだけど、なかでも「pink」や「私は貴兄のオモチャなの」あたりは好きだなあぁ。

4月は「SPEC」も公開されるし、映画館に行く機会が増えそう(^O^)
posted by 湖衣 at 22:27| 愛媛 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月21日

椿









みかん山の椿が咲き始めました〜

今年はずいぶん遅くて、まだほとんどがつぼみですが、そろそろ梅も開くかな(^-^)



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posted by 湖衣 at 14:00| 愛媛 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月20日

風邪のその後とあれこれ(⌒-⌒; )


熱はようやく微熱程度にまで下がったものの、鼻と片耳のつまりと、高い咳が断続的に続いてます。

だぶん三キロくらい痩せたんじゃないかな。仏さんにあげるくらいのご飯をよ〜く噛みかみしながら食べてるし、半身浴に足湯にと勤しんでるし。鏡の顔がスッキリしてきた感じ。

今日は面白いテレビが二つしてて嬉しかった。昼はココ・シャネルの伝記ちっくな番組。これ見てたら伝記本が読みたくなって、風邪を押して近所の図書館へ。
さっき半身浴しながら読んでたら、いいこと書いてあった〜

シャネル 最強ブランドの秘密 (朝日新書) [新書] / 山田 登世子 (著); 朝日新聞社 (刊)

−−「知らない」のが贅沢。

−−自分の財産に対する「無知」と「無関心」。

−−真の贅沢は、自分の財産の総額を知らない。


あとは、Eテレのオオカミ特集。
オオカミ様、山口真神信仰は、こないだから気になってるとこの三峯神社が源流らしいね。
仕事のかたわら、秩父の山里を歩いてオオカミ調査してるおじさんにめちゃシンパシー覚えたわ(笑)

そういえば、今朝の地元紙の読書欄にもオオカミがテーマの本が取り上げられてたなあ。
四国でいうおたぬきさんみたいな感じなんやろうな。


オオカミの護符 [単行本] / 小倉 美惠子 (著); 新潮社 (刊)


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posted by 湖衣 at 01:19| 愛媛 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする